海を愛し・港を誇れる清水っ子を育てよう
一般 石野 正治
「明日の清水市像を探る」のシンポジウムで、パネラーの森さん(事務局)と、清水の現状と課題を論議した出会いが、図らずも遠泳大会へ出場する切っ掛けになった。
還暦を迎えた私にとっては、家族会議での「オヤジ!止めとけ」を押し切っての40年振り、2回目の経験であった。幸いなことに、東海大・中見助教授をはじめ、学生、ボランティア
の皆さん方の手助けを得て、なんとか「全員完泳」の記録達成に貢献できたことを感謝している。
それにしても、初めて海に挑んだ小学生達が、疲れ知らずで、時には「うねり」にはしゃぎ、元気に泳ぎ切ったのは立派である。一人一人にとってかけがえのない貴重な体験であると同時に、
大きな自信を持たせたことは間違いない。この面だけを捉えても、この夏一番の印象に残る思い出として刻まれたのではなかろうか。
清水では28年振りの遠泳大会とのことであるが、港は、本来は最も自然で、人々の生活と密接な繋がりを持っていた筈である。しかし、港の持つ物流機能を優先する産業的発想が人々を港から遠ざけてしまった。最近は、今までの港のあり方が見直され、より人々へオープンにして活かす方向へ転換しているので、清水港の将来の整備計画にも充分に反映されることが期待される。
その意味では、今回の遠泳大会が、人々を海へ引き戻し、清水ならではの新しい息吹を盛り上げた事の意義は大きい。更には、イベント企画ではアマチュアのボランティアの皆さんが中心となって「一つやってみよう」と行動を起こし、これに行政、海上保安部の理解と協力によって実現したことは特筆されるべきである。実際のところ、巡視艇が、海上を突っ走るモーターボートに向けて警笛を鳴らしてくれたが、この音は、泳者の私にとって、「安心して泳ぎ、海を満喫してくれ」というメッセージとなって伝わって来た。
一つの新しい試みは、関係者のご尽力によって成功裏に終わった。だが、これから先「どう続けるか」が課題になってくるような気がする。たとえば、大会の規模、資金、企画、実行の組織、動員体制、安全対策など実行条件づくりがかかせない。
しかしながら、最初からあまり高い理屈付けに走らず、「手づくりで、やらまいか」という素朴なボランティアの心を持ち続けることが大切ではないか、と思う。そうすれば、「海を愛し、港を誇れる清水ッ子」が一人でも多く育ち、必ず「明日の清水」の担い手になってくれるだろう。
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